『すべての幸運を手にした男』の備忘録兼感想です。 例のごとくメモだけ残した状態で、明日から『惰性クラブ』が始まることを機に、記憶が上書きされる前にと慌ててしたためました。
今回の舞台は原作があり、基本的なストーリーはそれに沿っているため詳細は割愛。原著(英語)も購入したもののまだ手を出せておらず……いつかじっくりと読み返す時間がとれたらなと思っています。
デイヴィッドはどこにでもいそうな真面目で、家族・恋人思いの優しい青年。 野球を諦めない兄エイモスに対しても、エイモスに付きっ切りな父パターソンに対しても、少し思うところはありながらも応援している。ここでのエイモスは、父からのシャツの開け閉めの指示に対しても純情に従っており、まるで父の操り人形のよう。本人はそれを喜んで受け入れて笑ってはいるけれど、どこか不気味だった……。 エイモスに対してそれだけ過保護な父も、デイヴィッドに対しては割と放任主義。よく言えば信頼しているけれど、悪くいえば無関心に見える。兄が幼稚に見える分(ここからの、のちの堕落の大野さんの演技には鳥肌)、デイヴィッドがより大人びているようにも見えた。 幼い頃から他人に認められる機会がなかったからなのか、デイヴィッドは自分がもたらした成功に対しても、それをただ「運がよかっただけ」と思っている。凍結防止アルコールが急な寒さで完売したことも、これまでの経験からの知見もあっただろうに、決して驕らない。この年齢にしては達観しすぎている姿も、家庭環境ゆえなのかなと思わされた。
※エイモスがボールの投げ方をレクチャーしている時、隅っこでボールを握る動作をしているデイヴィッドがとってもかわいかった!
愛するヘスター(とってもキュート!)の父アンドリューから結婚を認められず、むしろ危害を加えられようとしている状態でも、決して逃げようとはしないデイヴィッドはやっぱり真面目。足が不自由なアンドリューが困っていればすぐに助けようとする心意気もすごい。デイヴィッドの性格や、まだ闇に堕ちる前であることを考えると、彼は「助けたから結婚を認めてもらおう」と思っているわけではなく、ただ好きな人の家族を助けたいという純粋な気持ちから動いているように見えた。 一方で、ヘスターと結婚できないことに「理由は必要だ!」と詰め寄る姿からは、非常に理論的な考え方をする青年であることも窺える。だからこそ、これから立て続けに訪れる幸運に対して「何か対価を払わなければならない」という強迫観念に囚われてしまったのだろう。その片鱗が、すでにここから感じ取れた。アンドリューが亡くなった時も、「エンジンをかけなかった自分のせいだ」と自身を責め、ヘスターを労り、事故車の修理にもあたる。全方位に向けて気遣いの行動を起こしていて、とにかく“いい人”なのだ。
車の修理がうまくいかない中、引っ越しの挨拶に訪れたガスタフと出会う。この物語の唯一の良心的存在。初演を見終わった後、真っ先に「ガスタフこそが幸運の象徴なのでは?」と思ったくらいだ。 ガスタフが残って修理を手伝ってくれると知った時の、デイヴィッドのくしゃっとした笑顔は年相応の青年っぽさがあり、本来なら本当の兄であるエイモスに見せるべき笑顔を彼に向けていたのが印象的だった。エンジンの不調をガスタフに知らせる時と、翌日、修理がうまくいったか分からない状態でエンジンをかけようとする時の、台詞のないお芝居。デイヴィッドの心情が所作にそのまま現れていて記憶に残っている。前者では、一点を見つめるのではなく目を泳がせながら原因について思案している感じ。後者は、明らかにエンジンをかける前から不安そう。約3時間、ほとんどのシーンに出演し、台詞の量も膨大だった中、台詞がないシーンにおいてすら繊細にデイヴィッドを表現している姿に見とれてしまった。
※疲れてそのまま眠ってしまったデイヴィッドの寝顔のあまりの美しさに見とれてしまったのは、きっと私だけではあるまい……。
車の修理がうまくいったことをきっかけに事業が軌道に乗り、ヘスターとも結婚できて不自由のない暮らしを送るデイヴィッド。兄エイモスの一世一代のチャンスも全力で応援する姿からは、心から兄の成功を願っていることが伝わってくる。デイヴィッド自身も、自分の行動が成功へ繋がるよう、新たにミンク事業に手を出そうとしていた。車の事業の成功を「運」だと話す姿からは、彼自身が「運ではなく、自分の実力による絶対的な成功」を手に入れること、すなわち自己承認を得ることに異常なこだわりを持っているように見えた。実際は、これまでの成功も運の要素は多少なりともあったとはいえ、デイヴィッド自身の行動がもたらした結果なのに……。
※喋りながらネクタイを手際よく締めるデイヴィッド、あまりにもサマになりすぎていて永遠に見ていたかった……。
兄の成功を信じてプレゼントを送り、兄弟で見つめ合ってわちゃわちゃしている姿は本当に微笑ましい。スカウトマンがなかなか訪れないことに対しても、「人は誰しも自分に相応しいものを手に入れる権利がある」というデイヴィッドの言葉からは、兄のこれまでの努力を心から信じていることが伝わる。また、彼が自分自身の行動で成功を手に入れようとしているのも、それこそが自分を認められる手段の1つだと考えているからなのかなとも思う。
しかし、スカウトマンからはっきりと「不合格」を伝えられ、実力だけではなくこれまでの12年間すべてを否定された兄エイモスの絶望は想像を絶する……。もちろん夢が断たれたことも大きな絶望だが、その過程すら全否定されるなんて辛すぎる。「誰もが呪いを抱えて生きている」と、子どもができないことをヘスターの前で吐露した瞬間、その後の展開が想像できて思わず喉がヒュッとなった。台詞はないものの、明らかに「ほらな、俺の言った通りだろ」という表情をしている兄エイモス。エイモスを励ますこともできず、ヘスターをも傷つけてしまい八方塞がりのデイヴィッド。ただただ打ちひしがれている父パターソン。エイモスが静かに言葉にした「(呪いからは誰も逃げられない。)お前以外はな……」という低く暗い声が、重く静かに会場に響き渡った。
ヘスターの出産が近づくシーン。デイヴィッドのツテで働くエイモスが売上を持ってくる。売上の良さに声をかけるも、「いつもだろ、お前は」と完全に闇に堕ちた兄エイモス(無理もない)。そんな弟に対して嫉妬を露わにしつつも、生まれてくる赤ん坊を気にかけている姿からは、決してデイヴィッドの不幸を願っているわけではないと信じたい。それよりも、父パターソンがこの期に及んでもエイモスを「作品」と呼んでいることに寒気がした……。結局彼自身、エイモス自身の成功を願っていたわけではなく、エイモスを通して自分の夢を叶えることに固執していたのだ。せめて、スカウトマンからNoを突き付けられた日以降だけでも、エイモスに対して心からの贖罪の言葉を発したり支援ができていたりしたら、もしかすると2人の関係性も変わったのかもしれないのに。パターソンとエイモスの出演シーンはここが最後。エイモスがこれから新しい人生を見つけることができるのか、とても気になる。
まもなく子どもが生まれようとする瞬間ながら、J.B.からベビーカーの話題を振られて明らかに顔を曇らせるデイヴィッド。以前ヘスターが転んだことで「赤ん坊が無事に生まれないのでは」と心配し、あえて購入していなかったのだろうか。彼はすべての資金をミンク事業に集中させようとしたり、周囲の不幸(エイモスだけでなく、ショーリーやJ.B.の不幸)を知って自分の「次の不幸」を恐れるあまり、自ら不幸を起こそうとする行動に走る。不幸が起きるタイミングを自らコントロールすることで、いつ来るかわからない恐怖を回避しようとしたのだろうか。無事に赤ん坊が生まれて、本来であれば幸せいっぱいである状況にもかかわらず、恐らく少なからず「赤ん坊が五体満足で生まれない=これまでの幸運との相殺(バランサー)ができる」と考えてしまっていたであろう自らの愚かさに絶望し、家を飛び出すデイヴィッド。デイヴィッドの異変をすぐに理解して追いかけるガスタフ。その前には、ミンク事業の費用に充てるために整備工場を抵当に入れるという無茶な契約を提案されたにも関わらず本当にいい人すぎる。もしガスタフがデイヴィッドに追いついていたら、彼はどんな言葉をかけていたのだろうか。
嵐の夜。ヘスターはダンのミンクが壊滅したという連絡を受けたにもかかわらず、その事実を本人に伝えられず、ガスタフに相談の連絡をする。夫がパニックになることを恐れての沈黙だったが、彼女の行動はデイヴィッドをこれ以上の狂気から守るための必死の防壁だった。 嵐の中、何度もミンクをチェックしに行くデイヴィッドに「子どものところへ行って」とヘスターは声をかける。しかし、血だらけの手を見せ、「この状態では行けない」と諦めたような優しい声で断るデイヴィッド。でも実際は、生まれてから一度も子どもを抱いておらず、もしかすると彼自身、子どもを抱かない(抱けない)口実ができていることにホッとしていたのかもしれない。「いつか訪れる不幸」に怯えながらも、あってはならない我が子の不幸を一瞬でも願ってしまった自分に対する、贖罪の気持ちがあったのだと感じ取れた。その後、追い詰められたデイヴィッドが、ヘスターとガスタフの関係を疑って声を荒げるシーンの迫力は、目が完全に据わっていて(ガンギマリで)本当に凄まじかった……。自分が見た初演でも十分な迫力だったけれど、千穐楽の迫力は特に凄くて、その後の展開が分かっていたにもかかわらずゾクッとしてしまった。本人は「サイコパスな役をやってみたい」とも話していたけれど、こういう何かしらのもの(あるいは人)に執着する役はめちゃくちゃハマりそう。家を出ようとするヘスターに、絞り出すかのような声でゆっくりと「愛してる」と伝えるシーンも、胸に迫るものがあった。
その後、ダンのミンクが絶滅した原因(汚染された餌)を、デイヴィッドは自身の徹底的な管理によってすでに回避していたことを知る。これは「運」ではなく、デイヴィッド自らの行動により掴み取った結果なのだと、ヘスターやガスタフから教えられる。「子どもを抱き上げに来て」とヘスターから促され、嵐が続く中、ゆっくりと階段を一段、一段と昇るシーンで幕を閉じる、非常に余韻を残す終わり方だった。
これまで訪れていた幸運を、自分が起こした結果(努力の成果)と考えられなかったこと。努力しても不幸になる人物を近くで見てきたからこそ、「自分にもいつか必ず不幸が訪れる」と怯えてしまったこと。幼い頃から自己承認欲求を満たされることがなく、真面目で優しく、理論的に物事を考えることができるデイヴィッドだからこそ陥ってしまった闇なのだと思う。不運を恐れるあまり自ら不幸を求めてしまう姿は痛々しかったけれど、家族を守りたいという気持ちや、事業を成功させるために真摯に取り組む真面目な姿は青年期からずっと変わっていなくて、人間味のある彼というキャラクターが大好きになった。
物語の結末としては、結局彼に破滅の不幸は訪れることなく、一見ハッピーエンドのようにも見える。しかし一方で、彼は今後も「いつか不幸が訪れるかもしれない」という自らの不安と戦い続けなければならない、という側面もあり、どちらともとれる終わり方だったと思う。また、最後のダンの不幸に至っては、「デイヴィッドが餌の異常に気がついたタイミングで、もしダンに連絡をしていれば回避できていたかもしれない」という、他者の運命を左右する分岐点があった。これによってデイヴィッドは、幸運や不幸は単なる「運」や「自分の努力」だけでなく、「他者との関わりや行動」も大きく影響し合っているのだと知ったのではないだろうか。
鳴り止まない嵐の音は、これからも彼が内なる不安と戦い続けなければならない現実を示しているようだった。けれど、自分の人生は「運命という見えない力」に支配されているのではなく、自分や他人の具体的な行動によって作られていくのだと知ることができたデイヴィッドなら、これからはこれまでよりも生きやすい世界になるのではないか。そうであってほしいという願いも込めて、私はそう思いたい。
『A BETTER TOMORROW -男たちの挽歌-』を終えて、「また舞台に挑戦してほしい」と思っていた最中での休養。無事に復帰はしたものの、まだ演技のステージに立つのは先だと思っていた中で、復帰後わずか約半年で舞台に戻ってこられたのは、間違いなく如恵留さんがこれまで積み重ねてきた努力があったからこそだと思います。そして、この復帰のタイミングで「努力と運、人間の生き方」を問う本作の主演を務め上げられたことは、きっと本人がこれまで頑張ってきたことへの大きな自信になったはずだし、これからの活動における大きなモチベーションになったのではないかと、図々しくも思ってしまいました。
そして私自身、「頑張ったって報われない」と感じてしまうことも、他者と比較をして疲れてしまう経験も、これまでの人生の中で何度もありました。まさに今がそういう時期で、「このままじゃダメだ」と思いながら、前へ進もうと藻掻いている最中でもあります。
物語の結末は完全なハッピーともバッドエンドとも言い切れないけれど、それでも観劇後にマイナスな気持ちになることはなく、「明日も頑張ろうかな」と思えるストーリーでした。これまでの幸運を信じられず、自分の手で結果を掴み取ろうともがくデイヴィッドの姿は、確かに後半は歪んでしまっていたものの、結果を求めて真摯に向き合うその姿そのものは間違いなく尊いもので、作品に自分の人生も重ねた、とても考えさせられるものでした。
共演されたみなさんも素敵な人たちばかりで本当に素晴らしい作品でしたし、如恵留さんを通して、こんなにも素敵な作品に出逢えてとても幸せです。これは余談ですが、FC名義で当選したチケットが生まれて初めての最前列で、肉眼でしっかりと如恵留さんの姿を捉えられたことも思い出深い観劇になりました。
そして明日からは、思い出深い東京グローブ座で『惰性クラブ』という新たな幕が開きます。常にストイックで、これまで「惰性」を経験したことがない如恵留さんが一体どんな「惰性」を演じるのか、今からとても楽しみです!













